聲の形

聲の形の一番の元凶は担任の竹内先生

聲の形の一番の元凶は担任の先生だと思います。 西宮のいじめを全て主人公に丸投げして責任逃れて そのせいで主人公の友情関係がズタボロになり主人公がいじめられても助けもせず。もし先生が西

 

宮のことを生徒に丸投げせずにもっと気にかけていればこんなにことにならなかったし、いじめを主人公に丸投げにせず先生含めてみんなの責任としてちゃんと話し合っていれば主人公の友情関係も壊れなかったと思います皆さんどうおもいますか?

 

 

回答

 

私が、小中学時代には、正義感の強い体罰教師がいたので、
私が小学時代に か弱い女の子をイジメてたら、先生にシバかれていたでしょう…

 

石田や島田が、うちの小学校にいたら、先生にビンタされまくって、改心したか、ビビって、イジメは無くなっていたかもしれません…

 

体罰は賛否両論ありますが、昭和末期、正義感溢れる先生がまだたくさんいたんですが、
教育者たるもの、竹内先生みたいにクラスをまとめる為に、手がかかる子を排除して、授業などをスムーズに進めようとする効率主義ではなく、
善悪の基準をはっきりさせ、弱きを助ける空気を、クラスや学校に植え付けないといけませんな。

 

 

その通りだと思います。最近の子供は先生が少し手を上げただけで体罰とか騒ぎ、他にもモンスターペアレントなどやっかいなのもいますし。今後の日本の教育が心配です。

 

回答

 

おっしゃる通りあの担任が一番悪いですね。私もこの作品の中で担任だけは唯一共感する部分がありません。
原作では更に酷く「自分は西宮硝子のようなお荷物を押し付けられた被害者である」とまで考えています。
なので硝子がクラスで孤立するように仕向け、石田を利用して追い出そうとしていた描写もあります。
本当にあの担任は擁護の余地もないクズだと思いますよ。
まあ、そこが原作者の学校不信、教師不信が現れている所だと思いますが。

 

回答

 

確かに酷い先生だとは思います。しかしこの漫画はいろいろな事を考えさせられました。主人公がいじめを受けている事に対して「自己責任」と言っているあたりで自分の犯したことは必ず自分に返ってくる事が凄く伝わってきました。この漫画を読んでもしもいじめらしき事をしている人がいたら考え直してほしいと伝えたかったのでは。

 

回答

 

確かに担任はあの漫画では1.2を争うクズです。
ただ、一般的な担任教師としてのあの反応は、生身の人間として理解できてしまうところがあります(あ、私は教師でもないし、教師の味方ではありません)
それまでクラスの生徒たちは、問題児は数名いたものの(私の子のクラスにも。1名は必ずいます)それなりに仲良くやってきた。そこに、障害者が転校してきたことでクラスの生徒や授業に悪い影響がでてくる。
担任としてなんとかしたいが授業は遅らせるわけにもいかない、自分は日々の仕事で多忙を極め、とても生徒の休み時間や日常の世話までできない、そのうちいじめではないかと職員会などで問題視され(←妄想)横から別の先生がしゃしゃり出てきて(その頃すでにクラスの生徒は西宮に辟易していたのがわかっていたのに)手話を覚えようなどと言う。
言うことを聞かない悪ガキ(石田)へのその場その場の対応に追われるうち、自然と石田一人の責任という流れになってしまった。担任自身、自分の力不足は認識していたと思います。

 

後半、成長した石田と西宮、真柴が小学校を訪れたとき、担任だった教師は西宮の手話を理解できました。想像ですが、あのあと当時の自分を反省しつつ同じ轍を踏まないよう手話を勉強したのではないでしょうか。

 

確かに、担任はクズだと思いますが、この漫画のテーマのように人と人のコミュニケーションというのはとても難しいし、このような担任と生徒たちの行き違いも往々にしてありえることだな、と考えさせられました。