聲の形

石田は硝子を恋愛対象として好きではない

聲の形 公式ファンブックを読むと、石田は硝子を恋愛対象として好きではない。と書いてありました。

 

それって可哀想過ぎませんか?

 

原作でも映画でも、石田の贖罪心の強さは痛いくらい感じました。でも「現在の硝子に対して」贖罪心のみでは何も生まれませんよね?

 

硝子の為!硝子の幸せ=自分の幸せ!では結局自分を生きてない……。

 

恋する事によって、また違う感情が石田の中で生まれたのかと思ってました。
「君に生きるのを手伝って欲しい」も硝子の為に言った台詞なら、なんだか悲しいです。皆さんはどのように思いましたか?

 

 

回答

 

映画のみの者です。漫画や公式ブックも追わなければ…!と思っています。

 

私の感想としては、私も完全な恋愛感情で言ったという訳ではないと思いますし、1番伝えたいことはそこではないのでしょう。
でも、石田が生きるのを手伝ってと言ったのは贖罪だけでなく、自分自身を認めて生きていくためでもあると思いました。
そして硝子にも誰かに必要とされる喜びを与えられる。
あの言葉は両方に1歩進む力を与えてくれるものだったのではないでしょうか。
最後まで恋愛感情を押し出すことは無いのだと思いますが、きっとこの先自分自身を認めて、お互いをもっと知って行った先にもしかすると、掛け替えのない存在だと気づいて恋に変わるかもしれません。
そのくらいの期待は許されるのかなと(笑)

 

でも考えてみると、好きという気持ちがどこからが恋かなんて分からないですよね。いつのまにか好きだなって思っていつ
好き=恋だ という自覚になるのかということでもあるのではないでしょうか。
そもそも石田も硝子も恋愛の「好き」が分からないかもしれませんね。恋とは??みたいな…自分は恋をして好きになっても良いのだろうか?迷惑じゃないだろうか?…不器用そうですし色々考えながら進んでいくんだと思います。
きっとそれをなんとなくあれ??って思い始めたら、始まるのかなー…とも。

 

なんてほとんど想像なんですけどね!

 

回答

 

映画ではカットされましたが、硝子を助ける時石田は「身代わりでいいから」と祈り、それは本当になりました。
これは究極の贖罪ですね。

 

硝子に生きていて欲しい。共に生きて欲しい。これは愛です。それを石田はこう表現します。
「生きるのを手伝って欲しい」
人の役に立つ事に自分の価値を見出す硝子には、こんな嬉しい言葉はないでしょう。プロポーズにしか聞こえませんが、これには男女を超えたものを感じます。

 

しかし美容師になる為東京に出ようとする硝子に、石田は反対します。
彼女を手放すのが惜しくなったのです。これは恋です。
自分のそばで彼女に幸せになって欲しいのが恋。
自分がそばに居られなくても、彼女が幸せならいいと思うのが愛。

 

なんだか石田君だんだんダメになってます。恋してますよ。

 

回答

 

読者としては恋愛的にもハッピーな結末を見て安心したいですよね。
でも作者としては、「ただの恋愛漫画」みたいにはしたくなかったんでしょうね。
安易に、二人が恋におちてそれが実って、っていうのを描きたいわけじゃなかっただろうから。

 

でもきっと作者の心の中には、二人が幸せになるだろうという未来が見据えられていると思いますよ。
読者たちの心の中で彼らのこれからをたくさん考えてほしくて、想像してほしくて、すべてハッピーエンドですべて解決っていうふうにしなかったんじゃないかな。
だから悲しがらないでいいと思います。

 

回答

 

やっとスタートラインに立てたのが最終巻なので恋愛云々はまだ先になるでしょうね
西宮さんの頑張りによるでしょう

 

回答

 

漫画の最後のシーンについて、解説していたところを、ファンブックで読んだんですが、
「恋愛感情が全くないとは、言い切れませんが、友達関係として…云々」と書いてあったと記憶しています。

 

詳しくは、帰宅して、読み返して書きます。

 

回答

 

公式ファンブック読んでないのでこれは是非読まなければ。
私の解釈では、石田は再会当初は恋愛感情はなかったものの、だんだんと硝子を好きになっていったと思います。漫画版でも、硝子のポニーテールに驚く場面や、花火大会で次の誕生日は二人で・・・と手話していて顔を赤らめたり、東京行きを聞いて取り乱したり、恋愛感情が見える場面は多々あります。公式ファンブックの解釈が知りたくなりました。

 

石田が目覚めたあとの橋の上での会話では「生きるのを手伝って欲しい」の名言が出てきますが、そこまでの流れが肝心だと思います。
石田が初めて心から謝罪し、それに対して硝子の自責の言葉を見たとき、どうすれば彼女を自分を責める呪縛から解き放てるか、その呪縛が解けない限り彼女が真に人間らしく生きることは難しいのではないか、と考えたと思います。おそらく、石田の脳裏には再会して橋の上で鯉にエサやりしていたときの彼女の手話「必要とされることが嬉しい」が浮かんだのではないでしょうか。

 

それならば、自分が硝子を必要とする人になればいい、そう考えて「生きるのを手伝って欲しい」と出てきたのだと。これは贖罪でもなく恋愛でもなく、純粋に一人の人間として硝子のことを想っての言葉だと思いました。

 

ですから、石田と西宮の間には恋愛感情はありますが、クライマックス、橋の上での会話に恋愛感情があったかはわからないですね。

 

追記:ファンブック読みました。「必要とされる・・・」の読みが当たってたのは驚きましたが、最後の場面でもまだ恋愛関係ではないと書かれていますね。おそらくそれはお互いが遠く離れていたから関係が進展しなかっただけで、お互い好きだと思うし意識していると思います。

 

 

回答

 

最終的にどうなるかはわからないけど、そもそも会いに行った理由は確かに恋愛感情とかではないはずです。
そもそも作中冒頭での石田は自分が恋愛なんかして幸せになる資格のある人間だとは思っていません