聲の形

西宮硝子(にしみやしょうこ)は、転校した聾学校でも親しい友達ができなかった。なぜですか?

聲の形、硝子の母親について。
障害児を生んだと夫側に責められ、意地になった気持ちはわかりますが、
うまくいかないのに普通学級にこだわり続け、硝子に健聴者と同じになる事を強制します。

 

硝子は必死で無理な期待にこたえようと努力しますが、心許せる聾者の仲間も、理解してくれる健聴者の友人もなく、追い詰められます。
子供なのに親に甘えさせてもらう事もなく、ほめられもせず、ただ「強くなれ」といじめを放置されて、自殺ばかり考える自己評価の低い人間になってしまった硝子がとても可哀想です。

 

質問は、硝子には聾学校にそれほど親しい友人が居なかったようですが、何故でしょう?
健聴者の手話は聾者に通じないと聞きました。手話で物を考えるそうです。健聴者としか会話せず育った硝子は、今一つ受け入れられなかったのでしょうか?どちらの世界にも居場所のない硝子。だとすると母親の罪は大きいですね。

 

回答

 

声の形の設定はかなり無理があるというのは大前提として。

 

Q1. 硝子には聾学校にそれほど親しい友人が居なかったようですが、何故でしょう?

 

A. 聴覚障害児は、障害が判明した時点で聾学校の早期教育へ通い、そのまま幼稚部、小学部へ進むというのが、従来の一般的なコースです。

 

ですから、今でもそうですが、どこの聾学校でもほとんどの同級生は乳幼児のころから常に一緒に育ってきた兄弟姉妹のようなものです。

 

あとから新顔で行くと、新鮮なので大歓迎してくれますが、あの濃密な人間関係に混じることができるかは、、、本人次第です。

 

 

 

 

Q2. 健聴者の手話は聾者に通じないと聞きました。
手話で物を考えるそうです。健聴者としか会話せず育った硝子は、今一つ受け入れられなかったのでしょうか?

 

A2. 聾者が使う「日本手話」は文字も音声も持たず、画像以外に記録を残すこともできない別言語です。「日本手話」だけでしか考えることができないと、抽象概念を取り扱うことができません。

 

聾教育の9歳の壁というものですが、小学校の勉強をするためには教科書を読むためにも「日本語対応手話」が必要になってきます。
「日本語対応手話」に習熟することで、初めて聴覚障害者でも日本の小学校程度の学習が可能となるのです。このことは知っておいてください。

 

Q3.母親の罪は大きいですね。

 

A3.現実の話だとすれば、母親の罪は最新医療動向について積極的に調べなかったことでしょう。
この時代であれば、保険適用による人工内耳の装用が始まっています。

 

 

「日本手話」の存在を初めて知りました。
同時に長年の疑問が解けました。
なぜ聾の方同志はあんなに大げさなな表情で手話をするのか。
健聴者の手話は分らない、疲れるという意味。大変勉強になりました。
有難うございました。

 

今回ご回答頂いた事により、日本手話や9歳の壁など初めて知る事が出来、聴覚障害の問題点について大変勉強になりました。
生まれつき耳が聞こえない為に、思考言語としての日本語習得や、人格形成に問題が出るのですね。
硝子が妙に頑固だったり、突飛な行動に出るのも、すっきりと納得できました。